積み上がらないものを、愛でる —— マネー製造マシーンと、今の生活

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時折、新しいスマホゲームをインストールする。 最初は楽しんでいても、ふとした瞬間に「支配されている」という感覚に陥ることがある。

ログインボーナスを受け取らなければならない。時間が経ったから、あの作業を終わらせなければならない。自分の意志ではなく、画面の中の仕組みに追いかけられていると感じたとき、私はアプリをアンインストールする。

手放してしまうのは、ゲームの中でどれだけレベルを上げても、現実の私は何も変化しないからだ。

プログラミングされた世界で数字が書き換わったところで、現実は何も変わらない。画面の中でレベルが上がっても、私の生活に何かが起きるわけではない。その事実に気づいた瞬間に、私はアプリを削除する。

この違和感は、モノに対しても同じように感じることがある。

子供の頃には確かにあった、何かを夢中で集め、手に入れるたびに心が弾む、あの純粋な収集欲。だから、今の世の中で「推し活」に情熱を傾け、限定グッズを大切に並べる人たちの気持ちも、わからないではない。

けれど、今の私には、その「手に入れた先」が見えてしまう。 どれだけ希少なものを手に入れても、それはいつかホコリを被り、整理に追われることになる。ゲームのレベルと同じように、モノを集めることも、私の現実を豊かにしてくれる積み上げには思えないのだ。

だから私は、形あるモノを集める代わりに、お金を集めることにした。 私はそうして、27歳で1,800万円という資産を作った。

支出を削り、社会から自分の自由を確保していく。 資産管理アプリの画面に描かれる、あの一本の緩やかな曲線。 この1,800万円という資産は、ゲームのレベルのような無機質な記号ではない。 私にとっては、働かなくても生きていける自由を産み出す、「マネー製造マシーン」だ。

ゲームの世界でレベルが上がっても、現実世界は何も上がらないが、資産管理アプリの資産が増えると、現実世界のお金が増える。 このマシーンが大きくなることは、現実世界の私が、働かなくても良い自由に近づくことを意味している。

私はまだ、理想とする「ほとり」に立っているわけではない。 けれど、資産管理アプリに刻まれる右肩上がりの軌跡が、今の私の背中を支えてくれている。

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