「やりたいこと」がなきゃいけないなんて、誰が決めたんだろう。
周りのみんなが何かに向かって走っているように見えて、自分だけが立ち止まっているような、妙な焦りを感じることがあります。
でも、日々の生活を自分の手で整えて、納得できるものだけを一つずつ選んでいると、そんな焦りは少しずつ消えていきました。
私にあるのは「やりたいこと」への情熱じゃなく、もっと切実な「これは嫌だ」という、自分の体からの叫びでした。
嫌なことを消去法で遠ざけていく
頭で考えるよりも先に、体が「嫌だ」と反応することがあります。
人混みのなかで感じる息苦しさや、自分をすり減らしてまで合わせる愛想笑い、中身のない話し合い。
そういう「嫌なこと」を、生活から丁寧に取り除いていく。
それは、こびりついた汚れを掃除で少しずつ落として、本来の床の白さを取り戻していくような、確かな手応えのある作業です。
「何かを成し遂げる」ことを急ぐよりも先に、まずは自分が気持ちよく呼吸できる場所を確保する。
そうやって「いらないもの」を消去した後に残った、静かな時間。
ミニマリズムの先にあるような、余計なものが何もない、すっきりとした空間にただ身を置いているとき。
それが私にとっての、本当の自由なんだと思います。
資産形成という「嫌なことにNOと言うための準備」
大きな目的がなくても、身の回りを整えておく。
それは、いつかやってくるかもしれない「何か」への備えになります。
お金の蓄え(資産形成): それは、嫌なことに「NO」と言えるための、目に見えないお守りのようなもの。
場所を選ぶ: 自分が自分でいられる場所、無理をせずに息ができる場所を確保すること。
特別な理由なんて、後からついてくるものです。
今はただ、自分が納得できる形で、この場所に根を張る準備をするだけでいい。
目標がないからこそ持てる「余白」の贅沢
人生は、予定や目標でパンパンにする必要はないんじゃないかな。
何もなくて、空っぽで、静かな状態。
その「空っぽ」な時間があるからこそ、自分の内側の小さな変化に気づくことができます。
自分のなかに大きな「余白」を持っておく。
その空いた場所で、ただ時間の移ろいを感じたり、好きなものをゆっくり食べたりする。
「やりたいことがない」のは、決して悪いことではありません。
それは、「これから何にでもなれる、透明な水を湛(たた)えている状態」だと思うんです。
消去法の果てに、自分を信じる
「嫌なこと」を一つずつ消していった先に待っているのは、キラキラした成功ではありません。
でも、そこには「自分の足で立っている」という、確かな実感があります。
激しい流れのなかで必死に泳ぐのをやめて、静かなほとりに辿り着く。
そこから、自分の体を通して納得できることだけを、積み上げていけばいい。
もし、あなたも何かに迷っているなら、探すのを一度やめて、自分の中の「これだけは嫌だ」という小さな声を聞いてみてください。
そこから、あなただけの静かな暮らしが、少しずつ形になっていくはずです。


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