AIに仕事を奪われると脅されても、私は一向に構わない。

思考

最近、ニュースやSNSを開けば「AIに仕事が奪われる」という言葉が飛び交っています。

「今のままでは生き残れない」「今すぐAIを学ばないと手遅れになる」。

そうやって人々の不安を煽り、脅すような声が、あちこちから聞こえてきます。​

もし、あなたの目標が「会社で生き残ること」や「市場価値を高めて稼ぎ続けること」なら、その脅しに従って必死にAIを学ぶべきでしょう。

でも、私はその競争に参加するつもりはありません。

​私の仕事と、迫りくる「自律型AI」の波

私の現在の本業は設計です。

図面を引き、形を作る。専門的な知識と経験が必要とされる、いわゆる「知的労働」の部類に入る仕事です。

​世の中で「AIに奪われる」と言われている仕事の筆頭かもしれません。

実際、AIの進化を見ていると、その予測は正しいと感じます。​

今のAIは、質問に答えてくれる「チャット型(ChatGPTやGeminiなど)」が主流ですが、これからは**「エージェント型」**という仕組みが当たり前になります。

例えば、CloudCorde(クラウドコード)やAnti-Gravity(アンチグラビティ)といった技術の流れです。​

これらは、人間が「これを作っておいて」と一言指示を出すだけで、AIが自分で考えて、必要なファイルを生成し、図面を引き、仕事を完結させてしまいます。

人間が「AIを使いこなすための命令(プロンプト)」を必死に考える努力すら、いずれ不要になるでしょう。

​興味で遊ぶ。でも、生き残るために努力はしない。

​私は業務効率化が好きなので、AIで何ができるのかという純粋な興味で、実際に触って遊んでいます。

「こんなこともできるのか」と実験するのは面白いですし、自分の時間を増やすための道具として触るのは、私にとっての「遊び」です。

​けれど、それを「生き残るために学ばなければならないこと」にしたくはありません。

設計の仕事がAIに完全に取って代わられたなら、その時は掃除などの肉体労働をすればいい。

私は本気でそう思っています。

​自分の体を使って汚れを落とし、場を整える。

AIがどれほど進化しても、物理的な空間を整える「手触りのある労働」の価値がゼロになることはありません。

複雑な人間関係や過剰な責任から解放されて、淡々と掃除をする。

それは私にとって、決して不幸なことではないのです。

その頃には、もう「あがり」が見えている

「仕事がなくなったら生活はどうするのか」と脅してくる人もいるでしょう。

でも、私はその心配もしていません。

​AIが社会の主役になる頃には、私はすでに資産形成を終えて「FIRE(早期リタイア)」できていると考えているからです。

AIが仕事を奪いに来るスピードよりも、私の資産が育つスピードの方が、きっと少しだけ速い。

自由とは、選ばれないこと

私は、会社や社会に「選ばれる人間」になりたいわけではありません。

AIに勝って今の地位を守ることも、誰かの期待に応え続けることも、私の望む自由とは違います。​

自分にしかできないことを探す努力をやめ、仕組みに任せられることはすべて任せる。

空いた時間で、私はただ静かに、自分の好きな水槽を眺めたり、山を歩いたりしていたい。

​AIがどれほど進化しようとも、私の「自由」が侵されることはありません。

むしろ、人間がやらなくていい仕事が増えるのなら、それは喜ばしいことだとすら思っています。

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