​山の流木と、朝の赤虫。

手触りのある日常

​朝、起きて最初に水槽の前へ行く。

六十センチのガラス越しに、揺れる水草を眺める。

ヒーターで二十六度に保たれた水の中には、私とは別の時間が流れている。

​水槽の前を通ると、アベニーパファーが寄ってくる。

世界で一番小さな、淡水のフグだ。

体長は三センチに満たない。

大きな目を動かし、ガラス越しに私を見上げている。

餌の時間だと分かっているようだ。

​冷凍の赤虫をピンセットで一筋落とすと、アベニーが鋭く反応する。

狙いを定め、一気に食らいつく。

ただ黙々と、生きるために食べる。

その様子を眺める。

​食べ残しは、底にいるコリドラスたちが片付けてくれる。

砂を食むようにして、赤虫の残骸を捜し歩く。

アベニーが食べ、コリドラスが掃除をする。

ガラスの中では、小さな循環ができている。

​水槽の奥には、アヌビアス・ナナを群生させている。

濃い緑の葉が重なり合い、小さなアヌビアスの森を作っている。

アベニーパファーは、その森の陰から顔を出し、また奥へと消えていく。

​以前、山を歩いているときに見つけた流木を沈めていた。

形が良く、水槽に合うと思ったからだ。

何度も煮沸して汚れを落とし、水槽に入れたときは、山の一部を持ち帰ったようで満足していた。

​けれど、数ヶ月が経つと、水の匂いが変わり始めた。

触ってみると、表面がぬるりとして、脆く崩れる。

山の環境には耐えられても、水槽の温かい水の中では、木が腐食してしまったらしい。

​私はその流木を水槽から出した。

アベニーやコリドラスたちが住む環境を、私のこだわりで悪くするわけにはいかない。

​新しく入れたのは、ショップで購入した流木だ。

ずっしりと重く、最初から深い茶色をしている。

八千円。

たかが流木にしては、高い。

日本の木ではないので、海外からの輸送費がかかっている。その分の価格だ。​

もちろん、新しい流木も、水に入れれば濁りは出る。

アクが抜けるまでは、何度も水を換えなければならない。

けれど、それは「腐る」こととは違う。

アクアリウム専用の道具は、時間が経っても、水の中で崩れることはない。​

山で拾ったものへの愛着はあったが、今は、この流木がつくる安定した環境が心地よい。

自分で失敗してみて、八千円を払って「腐らない水辺」を買う意味が分かった気がする。​ 新しい流木の影で、アベニーやコリドラスが今日も動いている。

それだけで、十分だ。

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