​パソコンを閉じ、山を歩く。それだけの一日。

手触りのある日常

平日はずっと、パソコンの前で座りっぱなしだ。

指先と脳だけを使い続ける毎日。

だから休日は、自分の身体を使い切りに、九州の山へ行く。​

誰かに言われたからじゃなく、自分の指先や足の裏が、土や岩の感触を欲しがっている。

一歩ずつ、踏みしめる感覚を確かめながら斜面を登る。

息が上がり、汗をかく。

パソコンの前では決して使わない筋肉を動かすのが、純粋に心地よい。

頭上からは、鋭く、あるいは優しく響く鳥の声。​

登り詰めた先で、見晴らしの良い景色を眺める。

ふっと頭の中が空っぽになる。

ただ、そこに自分が居る。

それだけのことが一番贅沢なんだと思う。

ふとした時に仕事のことがよぎっても、この広大な景色の前では、それはただの小さなノイズに過ぎない。

​下山したら、そのまま温泉の暖簾をくぐる。

「一時間後に」と約束して、妻とは別れる。

誰かと居るのもいいけれど、お湯に浸かって自分を整えるときは、やっぱり一人で静かに向き合いたい。​

身体を洗い、湯に浸かり、サウナの熱気に身を投じる。

水風呂、そして外気浴。二回、三回と繰り返すうちに、こびりついていた仕事の残像が、物理的に洗い流されていく。

一時間。

自分を「無」に戻すには、それだけで十分だ。

​湯上がりに合流して、家路を急ぐ。

今夜はモツ鍋だ。

身体を使い切り、サウナで出し切ったあとの一杯。

喉を駆け抜けるビールの刺激が、今日という一日を全肯定してくれる。​

シメは、サリ麺。

モツの脂を吸ったスープに、あのコシの強い麺を放り込む。

ただ黙々と、ガシガシと噛み締め、飲み込む。

理屈抜きで、身体が「生き返る」のを感じる。

​あぁ、いい一日だった。

​身体が喜ぶものを食べて、明日への準備をする。

九州の山の空気と、湯と、鍋の湯気。

それだけあれば、十分だ。

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