二度と自分では洗えない 家電で「めんどくさい」を抹消した私の選択

手触りのある日常

高度な「退化」のすすめ

私の家にはドラム式洗濯機、掃除ロボット、食洗機がある

これらを導入して起きた変化は単に家事が「楽になった」ことではない

「自分で行うという選択肢が、人生から消滅した」ということだ

​もちろんすべてが完璧に自動なわけではない

食洗機に入りきらなかった数枚の皿を手で洗うこともあるし、乾燥機にかけられない服を数着だけ干すこともある

だがそのわずかな「手作業」が発生するたびに、私は確信する

「これを全部、毎日自分で行うなんて、もう無理だ」​

一度文明の恩恵に預かり、嫌なことを手放した私は、心地よく「退化」したかつては当たり前だった家事の重みが、今では耐えがたい

この「もう戻れない」という感覚こそが、投資をしてまで手に入れたかった自由の正体だ

空いた時間は、ただ「自分」のためにある

世の中の時短術は「浮いた時間で自分を磨こう」「副業をしよう」と説く

だが、私はそんなにモチベーションが高くない

​家電に家事を任せている間、私は仕事に行っている

帰宅したときには、床は綺麗になり、皿は乾き、洗濯物はふっくらと仕上がっている

本来なら家事に奪われていたはずの時間が、そのまま「何もしなくていい時間」として手元に残る

​何かを成し遂げるためではなく、嫌なことをやらなくて済む状態をキープする

この空白の時間こそが、私が高い家電を買ってまで手に入れたかった「報酬」だ

「めんどくさい」は、人生の方向を決めるセンサー

なぜ、ここまで極端に「嫌なこと」を排除するのか

それは私にとって、「めんどくさい」という感情が、人生の方向を決めるための最も鋭いセンサーだからだ

​これは家事だけに限らない「環境を変えること」もまた、このセンサーに従った結果だ

「人が多すぎる場所」や「自分に合わない空気感」を「めんどくさい(嫌だ)」と感じたとき、私は無理に自分を適応させるのではなく、その環境から離れることを選んできた​

段階的に、より自分に合った静かな場所へと居場所を移していく

「嫌な方向」には一歩も近づきたくない

そのセンサーが反応するたびに、私は生活を最適化してきた

結び:「めんどくさい」は排除していい

​私は「めんどくさい」という感情を、克服すべき課題だとは思っていない

それは自分の人生から切り捨てるべきノイズを教えてくれる、きわめて正確なサインだ​

家電を導入して家事を自分から引き剥がす

人が多い場所を離れて、静かな環境に身を置く

それらはすべて、このセンサーに従って「嫌なこと」を合理的に排除した結果に過ぎない​

世の中の喧騒から一歩引き、仕組み(家電や投資)に任せられるものはすべて任せる

自分の「めんどくさい」という直感を信じて生活を最適化していくことは、この資本主義社会を穏やかに生き抜くための、一つの現実的な戦略である

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