二度と自分では洗えない 家電で「めんどくさい」を抹消した私の選択

手触りのある日常

洗濯物を一枚ずつ干して、また取り込む。
汚れた皿を洗って、一枚ずつ拭く。
そういう毎日の繰り返しの作業で手が疲れたり、時間が無駄になったりすることに、どこか不自然さを感じてはいないでしょうか。

以前の私は、これらを「生活の中で、当たり前にやらなきゃいけないこと」として、ただ受け入れていました。
でも、27歳になって、1800万円という数字を積み上げていく中で、私はひとつの結論を出しました。
「自分の手足を使わなくて済むことは、すべて家電に任せてしまえばいい」

高い家電を買って楽をすることは、贅沢でも甘えでもありません。
自分の時間を、自分の手に取り戻すための、真っ当な「投資」だと思うのです。

​この記事には、私が家事の工程を削るために選んだ3つの道具と、その高額な初期費用を「時給換算」という数字で納得させた過程を記しました。

最後まで読んでもらえれば、無理をして手を動かすことへの執着が消えて、ただ静かに、自分のための余白を確保する具体的な方法が見えてくるはずです。
自由のほとりで自分自身を取り戻すための、私なりの歩き方をお話しします。

変わっていくということ

私の家には、掃除ロボットと食洗機、そしてドラム式洗濯機があります。
これらを導入して起きた変化は、生活が「楽になった」という、ただそれだけのこと。

でもその「楽」は、単なる手抜きではありません。
自分で行うという選択肢が、生活の中から静かに消えていったのだと思います。

​もし、不快なことを遠ざけて心地よい方へ向かうための手段があるなら、素直にそれを選んだ方がいい。
それは努力を放棄することではなく、自分をあるべき場所へ整えるための、とても合理的な選択です。

もちろん、すべてが完璧に自動なわけではありません。
食洗機に入りきらなかった数枚の皿を、冷たい水で洗うこともある。
乾燥機にかけられない繊細な服を、数着だけ丁寧に干すこともある。

でも、そのわずかな「手作業」が発生するたびに、私は思います。
「これを全部、毎日自分の手で行うなんて、もう無理だ」

かつては当たり前だと思っていた家事の負担が、今ではどこか不自然な、耐えがたいものに感じる。
この「もう二度と戻れない」という穏やかな感覚こそが、自由の本当の姿なのかもしれません。

自由を確保するための道具たち

1. お掃除ロボット

センサーやカメラで室内の形状を把握し、自律的に床の掃除を行う家電。掃除機がけだけでなく、機種によっては水拭きまで自動で完結します。タイマー設定や外出先からの操作により、人がいない時間に床を整えることが可能になります。

2. 食洗機(食器洗い乾燥機)

庫内に並べた食器に高温の洗浄液を高圧で噴射し、汚れを落とす家電。手洗いよりも高い水温と強力な洗剤を使用するため、油汚れの除去や除菌効果も期待できます。洗浄後は温風などで乾燥まで行い、食器を拭く手間を省きます。

3. ドラム式洗濯乾燥機

洗濯から乾燥までを一つの槽の中で連続して行う家電。ドラムが回転し、衣類を持ち上げて落とす「たたき洗い」で汚れを落とします。乾燥機能によって「衣類を干す」「取り込む」という工程が不要になり、天候に左右されずに洗濯を完結できます。

投資としての時給換算

​これらを揃えるには、確かに数十万円の初期投資が必要になります。

決して安い買い物ではありません。

でも、時給換算で考えると、その価値は極めて明確になります。

例えば、これによって浮く「毎日1時間」を、時給1,000円として計算してみます。

1時間× 365 日 = 365 時間

365 時間× 1,000 円 = 365,000 円

こうして数字に置き換えてみると、初期投資額が高くても、十分に手にする価値があると思えました。

浮いた時間で何か有意義なことをしようなんて思わなくていい。

ただ、嫌なことをしなくて済んでいる。その「空白」を確保できているだけで、この投資は成功だと言えるのです。

小さな実感から広げていく

とはいえ、いきなりすべてを揃えるのはハードルが高いと思います。 まずは一番手に入れやすい「掃除ロボット」から試してみるのが、現実的です。

そこで掃除の手間が省ける実感を得られたら、次は食洗機、その次はドラム式洗濯機……というように、少しずつ自分の自由を広げていけばいい。

無理をして家事をこなすより、仕組みに任せて自分を最適化するほうが、人生の純度は上がります。

もし、今の生活に「自分のための余白」が足りないと感じているなら、まずは身近な自動化から手をつけてみてください。 私が自由のほとりに辿り着くために、もっとも納得のいった投資だから。

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